緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)は、インスリン分泌がゆっくりと低下していく1型糖尿病です。
緩徐進行1型糖尿病の英訳は、「slowly progressive insulin dependent(type 1)diabetes mellitus」であり、SPIDDMとも呼ばれています。
緩徐進行1型糖尿病は、急性1型糖尿病が思春期から若年成人に発症することが多いのと比較して、中高齢で発症することの多い病気です。
緩徐進行1型糖尿病の原因は、主に、免疫異常により、自分の膵臓のβ細胞が破壊されることにより生じると考えられています。
緩徐進行1型糖尿病には、特徴的な自覚症状はなく、他のタイプの糖尿病と同じような症状を認めます。
緩徐進行1型糖尿病の診断には、抗GAD抗体の測定が必要なため、見逃されていることも多く、日本では、インスリン治療を必要としない糖尿病患者のうち、4%~10%の人を占めると考えられています。
緩徐進行1型糖尿病の臨床経過としては、インスリン分泌が緩徐に低下していくものの、急性1型糖尿病とは異なり、全員がインスリン治療が必要になるわけではなく、軽症者からインスリン分泌が枯渇してしまう人まで、さまざまな病状を示します。
緩徐進行1型糖尿病の治療として、インスリンを早期から導入したり、DPP4阻害薬を使用することにより、インスリン分泌の低下を抑制できる可能性が報告されていますが、現時点では、インスリン分泌の低下を抑える治療法は確立されていません。
緩徐進行1型糖尿病の治療は、残存するインスリン分泌の程度に応じて、行われます。
緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)はどんな病気ですか?
緩徐進行1型糖尿病は、長期にわたり、ゆっくりとインスリンの分泌が低下していく1型糖尿病です。
1型糖尿病は、主に、免疫の異常により、インスリンを分泌している膵臓のβ細胞が破壊され、インスリンが出なくなる病気です。
自分の身体からインスリンが分泌されなくなると、血糖値が上昇し、高血糖になり、糖尿病を発症します。
膵臓のβ細胞が完全に破壊されつくされ、インスリンの分泌が完全に枯渇すると、糖尿病性ケトアシドーシスという生命に危険を及ぼす重篤な病気をきたします。
1型糖尿病は、インスリン分泌が低下する速度(=膵臓のβ細胞が壊されるスピード)により、劇症1型糖尿病、急性発症1型糖尿病、緩徐進行1型糖尿病などに分類されています。
インスリン分泌は、劇症1型糖尿病では、1週間前後で、急性発症1型糖尿病では、糖尿病の症状を認めてから、数か月程度で枯渇します。
一方、緩徐進行1型糖尿病では、インスリン分泌はゆっくりと低下し、インスリン治療が必要になるまでに、数年以上かかります。
(*SPIDDMは、slowly progressive insulin dependent(type 1)diabetes mellitusの略です。)
緩徐進行1型糖尿病と、急性1型糖尿病や劇症1型糖尿病との違いを教えてください。
緩徐進行1型糖尿病は、インスリン分泌の低下が比較的ゆっくりであり、数年間からそれ以上の期間で、インスリン依存状態(=インスリン治療が生命維持に必要な状態)に至ります。
緩徐進行1型糖尿病は、急性1型糖尿病や劇症1型糖尿病と違い、インスリンの分泌の低下速度がゆっくりなため、糖尿病性ケトアシドーシスなどの重篤な病気をきたすことは、まれです。
緩徐進行1型糖尿病の人は、どのくらいいるのですか?
緩徐進行1型糖尿病の正確な患者数は分かっていません。
緩徐進行1型糖尿病の診断には、1型糖尿病で陽性となる抗GAD抗体を調べる必要がありますが、すべての糖尿病の人で評価されていません。
緩徐進行1型糖尿病の経過は、2型糖尿病と似ている場合があり、2型糖尿病と診断されている症例の中には、実は、緩徐進行1型糖尿病である場合があります。
日本では、インスリン治療を必要としない糖尿病患者のうち、4%~10%の人が、緩徐進行1型糖尿病であると報告されています。
緩徐進行1型糖尿病は、どのような人に多いのですか?
急性1型糖尿病は、思春期から若年成人期に発症することが多いのに比べて、緩徐進行1型糖尿病は、中高齢期に発症します。
緩徐進行1型糖尿病の発症年齢のピークは、50歳前後であり、男女差や地域差はありません。
下図は、急性1型糖尿病(acute onset type 1 diabetes mellitus)、緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)、2型糖尿病(Type 2 diabetes mellitus)の発症年齢と割合のグラフです。
田中 昌一郎 糖尿病 2011より引用
上図からは、急性1型糖尿病では30代に、2型糖尿病と緩徐進行1型糖尿病では50代に発症のピークがあることが分かります。
緩徐進行1型糖尿病を発症する理由を教えてください。
緩徐進行1型糖尿病は、他のタイプの1型糖尿病と同じように、膵臓のβ細胞が破壊されることにより発症します。
膵臓のβ細胞が破壊されるメカニズムとしては、免疫の異常が原因となる自己免疫性と、原因が明らかではない特発性の機序が推定されています。
免疫は、人の身体に備わっている体外から侵入してきた異物を攻撃したり、排除するための機構です。
1型糖尿病では、この免疫に異常が生じ、自分の膵臓のβ細胞を自分で攻撃してしまい、膵臓のβ細胞が破壊され、インスリンが分泌できなくなります。
緩徐進行1型糖尿病の診断基準を教えてください。
日本糖尿病学会の緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)の診断基準(2023)を示します。
下の基準を分かりやすくすると、過去に抗GAD抗体が陽性になった既往があり、糖尿病を診断された時には、インスリン分泌が残存しており、インスリン治療の必要がなかった糖尿病の人になります。
緩徐進行1型糖尿病の臨床経過としては、診断後には、インスリン分泌が徐々に低下し、インスリン注射の導入が必要になることが多く認められます。
緩徐進行1型糖尿病の診断基準(2023)
必須項目
- 経過のどこかの時点で膵島関連自己抗体(注)が陽性である。
- 原則として、糖尿病の診断時、ケトーシスもしくはケトアシドーシスはなく、ただちには高血糖是正のためインスリン療法が必要とならない。
- 経過とともにインスリン分泌能が緩徐に低下し、糖尿病の診断後3ヶ月(注:典型例は6か月以上)を過ぎてからインスリン療法が必要になり、最終観察時点で内因性インスリン欠乏状態(空腹時血清Cペプチド<0.6ng/ml)である。
注:膵島関連自己抗体とは、グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)抗体、膵島細胞抗体(ICA)、Insulinoma-associated antigen-2(IA-2)抗体,亜鉛輸送担体8(ZnT8)抗体、インスリン自己抗体(IAA)を指す。ただし、IAAはインスリン治療開始前に測定した場合に限る。
判定:上記1、2、3を満たす場合、「緩徐進行1型糖尿病(definite)」と診断する。
上記1、2のみを満たす場合は、インスリン非依存状態の糖尿病であり、「緩徐進行1型糖尿病(probable)」とする。
【参考項目】
「緩徐進行1型糖尿病(probable)」は、海外では、LADA(latent autoimmune diabetes in adults、緩徐発症成人自己免疫性糖尿病)に含まれる概念で、典型例では35才以降に発症する。しかし、小児を含む若年者にも発症する場合があり、これらの例は海外ではLADY(latent autoimmune diabetes in youth)と呼称されている。
緩徐進行1型糖尿病は遺伝しますか?
緩徐進行1型糖尿病は、通常は遺伝しませんが、ヒト白血球抗原などの一部の遺伝子が発症に関与していることが報告されており、研究が進められています。
緩徐進行1型糖尿病の症状を教えてください。
緩徐進行1型糖尿病に特徴的な症状はなく、他のタイプの糖尿病と同じです。
インスリンの分泌の低下が、ゆっくり進行する場合があるため、病初期には、自覚症状を認めないこともしばしばあります。
血糖値が高くなると、口の渇き、飲水量が多くなる、尿が多い、体重が減るなどの自覚症状を認めることがあります。
緩徐進行1型糖尿病の治療法について教えてください。
緩徐進行1型糖尿病の治療方法は、基本的には、2型糖尿病と同じく、残存するインスリンの分泌量によって、決定されます。
インスリン分泌が低下している場合には、血糖降下薬の内服薬に加えて、基礎インスリンを補充するBOT療法(Basal supported oral therapy)が用いられることがあります。
インスリン分泌が極度に低下している場合には、強化インスリン療法、インスリンポンプ療法(持続皮下インスリン注入療法)など、急性1型糖尿病に準じた治療が行われます。
保険上は、緩徐進行1型糖尿病は、1型糖尿病に分類されるため、1型糖尿病に保険適応のある糖尿病の薬(インスリン製剤、αグルコシダーゼ阻害薬、SGLT2阻害薬)しか処方できませんが、メトホルミン等の2型糖尿病の治療薬を血糖管理に用いる場合があります。
緩徐進行1型糖尿病の膵臓のβ細胞の保護には、早期からのインスリン導入やDPP4阻害薬の投与が有効である可能性が報告されています。
緩徐進行1型糖尿病の臨床経過について教えてください。
緩徐進行1型糖尿病は、時間が経つにつれて、インスリン分泌が徐々に低下し、インスリン療法が必要になります。
一部の症例では、抗GAD抗体が陽性でも、数十年の長期にわたり、インスリン分泌が残存することがあります。
下の図は、緩徐進行1型糖尿病の人が、インスリンを必要としない段階から、インスリン治療が必要になるまでの期間と割合を示したものです。
Group 1が抗GAD抗体が強陽性のグループであり、Group 2が、抗GAD抗体が弱陽性のグループです。
Diabetes Metab Syndr Obes. 2019より引用
抗GAD抗体が強陽性の人では、5年で約6割、10年で約7割の人が、インスリン治療が必要になります。
抗GAD抗体が弱陽性の人では、5年で約2割、10年で約4割の人がインスリン治療が必要になります。
抗GAD抗体の抗体価が高い人では、抗体価が低い場合と比較して、急速に進行する場合があります。
また、1型糖尿病で認められる他の自己抗体(IAA抗体、GAD65抗体など)が陽性だと、インスリンの分泌が枯渇する可能性が高くなります。
血糖コントロールが悪いと、糖尿病の合併症を生じるため、良好な血糖コントロールを目指しましょう。
以上が、緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)の解説です。
中高齢者の糖尿病の10人に1人は、緩徐進行性1型糖尿病の可能性があり、将来的にインスリン導入が必要となる場合があります。
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